どうも、おっちょ(@occho_fxtrader)です。
今回もツイッターで話題になっていたトピックについて考える記事になります。
今回目についたのは、こちら⬇︎
「国民負担率が前年度から0.1ポイント上がって48%になり、過去最大となる見込み」という内容です。
国民負担率という数値がどういう数値なのかはなんとなくイメージできますが、詳しくは知らないので調べてみました。
「国民負担率」は、租税負担及び社会保障負担を合わせた義務的な公的負担の国民所得に対する比率です。「財政赤字を含む国民負担率」は、これに将来世代の潜在的な負担として財政赤字を加えたものです。
引用元:財務省
要は、国民が稼いだ金額の内、何%を税金や社会保険料に使っているのかという数値ということですね。
この数値が過去最大になる見通しということで今回大きなニュースになっていると。
老後2,000万円問題や金融所得課税引き上げ問題に続き、こういうお金にまつわる話題は盛り上がりやすいし、実際俺も興味があるので色々考えてみようと思います。
まずはこの国民負担率というのが過去最大ということなので、過去から今までどのような推移を辿ってきたのかも確認してみたいと思います。

引用元:財務省
上がったり下がったりを繰り返していますが、全体を通してみると右肩上がりですね。
このトピックに対するコメントの中で「五公五民」という言葉がよく出てきていますが、日本史か社会かの授業でこんな言葉あったな〜と知識が朧げだったのでここでまた調べてみると、
江戸時代の年貢収取率を表現した言葉。全収穫量の 50%を領主が取り,残り 50%が農民の手元に残される場合を五公五民といい,領主の取り分が 40%で農民に 60%が残される場合を四公六民という。
引用元:コトバンク
そして、
農民の手元に残るお米は、再生産の費用と余剰分とからなるが、領主は余剰分をできるだけ搾取するのが原則で、徳川家康は「百姓共をば、死(しな)ぬ様に生(いき)ぬ様にと合点(がてん)致し収納申付(もうしつく)る様」にといったと伝えられる。
そのほか付加税も課せられていたことから、五公五民では農民の生活はかなり苦しく、『豊年税書』によると、田畑1町(約1ヘクタール)を経営する5人家族の場合、四公六民でも年1石5斗の不足となり、三公七民でかろうじて生活が成り立つとしている。
したがって、重税に苦しむ農民は隠田や逃散、さらには年貢減免を要求する一揆を起こすこともあった。
引用元:コトバンク
とのこと。
つまり五公五民というのは、百姓がギリギリ生きれるくらい厳しい負担割合だったと。
そんな厳しい負担割合に現代も近づいているということでネットで大騒ぎになっているという感じですね。
ん〜〜〜。
この負担率という数字だけを見れば確かに高いかもしれませんが、負担が増してもその分だけ福祉が充実したり、負担の分だけ将来国が成長していってくれる期待が持てれば一時的に負担が増しても頷けるというか我慢できるんですけどね。
でも残念ながらそうじゃないと・・・(笑)
いわゆる健康で文化的な最低限度の生活ってやつで、生活保護やその他社会福祉制度を利用すれば豊かな生活まではいかずとも食うには困らないし生きるくらいなら全然余裕だし、重税だった江戸時代と比べたらはるかに豊かな生活を送れてるわけですが、それでも批判が止まないのは、負担ばかりが増えてその恩恵が感じられず、これから国が良くなっていくイメージが持てないようなことばかりやっている政府の無能さに憤りを感じているという点でしょうかね。
不況さらにはコロナ禍という危機下においては本来減税や社会保険料減免などで負担を下げ消費を促すべきなのに、悲しいことに消費増税や金融所得課税引き上げなどセオリーとは真逆のことをやって目先のことしか考えていないのが現状ですからね。
抜本的な改革などが起こらない限り、国民負担率が50%を超えるのは時間の問題でしょうね。
社会主義国家まっしぐらですねぇ・・・(笑)